百瀬博教のミッドナイトシュークリーム
語

思いもよらない結末に失望した。誇りを賭けた真剣勝負(ガチンコ)の舞台で無効試合(ノーコンテスト)とは一体どういうことなのか。

8月15日「PRIDEグランプリ2004」ヘビー級トーナメント決勝戦でのことだ。全体重を乗せたパンチでノデイラを屠(ほふ)り去ろうとするヒョードル、関節技でタップさせ勝利を狙うノゲイラ、二人が持てる力を全回転させる好試合となった。試合開始3分過ぎ、激しいグランド攻防戦の中で、おおいかかるヒョードルの胸に頭をつけて強烈な打撃を凌(しの)いでいたノゲイラが防御のために上体を起こした。そうはさせずとヒョードルが頭を下げ押さえ付けようとした瞬間のバッティング。鮮血が飛び散り、ヒョードルの右の眉の上がぱっくりと割れた。両者は引き裂かれて、傷の手当が始まった。己のコーナーへ戻ったノゲイラの顔の逞(たくま)しさといったらなかった。肉付きのいいヒョードルの顔に比べると、鉄の棒で殴って鍛えているのではないかと思えるほどの頑強さだった。鋼鉄のブラジリアン精神が一瞬間(またたくま)油断した無敵のロシア人の顔を割いた。バッティングも勝負の運不運。勝利まで後10秒だった藤田和之は眉の下を切り血を流した為にミルコ・クロコップが栄冠を勝ち得たではないか。私の裁定では文句なくノゲイラの勝ちである。

試合続行の協議がリングの下で20分近く行われた結果、ドクターは長さ5センチの傷が骨まで達してたことを理由に試合中止をし、ルール説明の後、「偶発的なバッティングによってノーコンテスト」という裁定が下りた。

まったく納得がいかなかった。高い金を払って遠い会場へやってきた観客はルールを見に来ているわけじゃない。誰が一番強いかを見に来ている。誰がなんと言おうがこの大会の優勝者はノゲイラで賞金2000万は故郷の町へ持って帰らすべきだった。

子供の頃、ノゲイラは大型トラックに轢かれ大事故を負っている。当時を振り返り、「スローモーションのように背をトラックが乗って行った」と言う。奇跡的に助かりはしたものの、肉体的にも精神的にも深い傷が残った。彼はそのトラウマを乗り越えるために格闘家の道に進み、体躯(からだ)を徹底的に苛め抜いた。その努力が日本のリングで昇華し、PRIDE初代ヘビー級チャンピオンのタイトルに結実した。死が迫るほど体躯が押しつぶされそうになった経験がなければ、これほど強い体躯にはなれなかったかもしれない。

どんなに、重い相手や力の強い相手と戦ったところで一歩も引かない。売出し中だったボブ・サップも、PRIDEハンターと言われていたミルコ・クロコップも、ノゲイラの牙城を崩せず最後は力尽きてギブアップした。

自ら肉体のトレーニングを行っていた三島由紀夫は、小説『鏡子の家』の中で太い腕をしたボディービルダーが細い体躯のチンピラにあっけなくやられるシーンを描いている。相撲、柔道といった日本古来の格闘技にも、力コブだけでは決して勝利できない方程式がある。力よりもバランス、腕っぷしよりも腰。それが強い格闘家の身につけるべき基本的な心得だろう。

が、力任せの戦いだけが格闘技ではないことをノゲイラは熟知している。200キロの石を抱き上げるバスク人が相手であっても彼の技の前には一溜まりもない。ノゲイラは音を忍ばせて木に登ったり、河に潜って魚を獲らえるような俊敏さが子供の頃から人一倍長けていたのだろう。相手を倒した時の脚のからめ方や相手に殴られる時の辛抱強さを見ていると「アマゾンのターザン」を想起する。

ネイティブな顔つき同様、心も飛びきり透き通っている。師匠のマリオ・スペーヒーや内田統子マネージャーに対する忠誠心も厚く、彼らの「ミスター百瀬(モモセ)を立てなければならない」という敬愛の言葉を忠実に守り、試合後には必ずリングサイドに陣取る私の許(もと)を訪ね、感謝の挨拶と抱擁を忘れない。だから余計に背中の輝きが目立つ。くわえ煙草で南青山の路地を歩いている下品極まりない女たちに彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

「ノゲイラの背中に惚れた」と言っていたのは小池栄子だ。リングサイドで初めてスイマーのようにしなやかで隙のない体躯を抱いた時、彼女の見巧者ぶりに関心した。

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